アラームの音が耳のすぐそばでけたたましく鳴り響いている。

瞼を持ち上げたその瞬間、ぐらりと世界が揺らぎ、朧気な視界に

有るのは見慣れた天井＿＿とそれに向かって一直線に伸ばされた自分の右腕だった。

「……ううん。結構寝相良い方だと思ってたんだけどなあ。オレ」

重い身体を横に傾け、半目のまま枕元をまさぐる。

数秒も経たないうちに音の出元を突き止めると、慣れた手つきで

画面右側に表示されている『STOP』ボタンを押した。

部屋が一気に静寂に包まれる。

どんな夢を見ていたんだっけ。少なくとも気持ちの良い

夢ではなかった。

二度と見たくない悪夢、というほどでは無かった筈だが。多分。

夢の世界に引き戻されないうちに身体を起こし、

ベッドカーテンを開け、棚の上の小さな観葉植物を煽るかのように

朝日を身体いっぱいに浴びる。

これがまた眠気を誘うのだから厄介なものだ。

クローゼットを開け、手前に掛けておいたフェイスタオルと

洗顔料を手に取る。少し蒸し暑かったのでジェラピケを脱ぎ、

床に無造作に放り投げると、顔を洗いにドアノブを捻った。

昨夜は肌寒かったのに＿＿とボソボソ不満を垂れながら、

一つ小さな欠伸をする。

「おはよう。ケイト。随分と眠たそうだね？」

「あ、おはよう。リドルくん！いやあ、ちょっと変な夢見ちゃった

みたいでさー」

背後から声をかけてきた赤髪の少年＿＿リドル・ローズハートくん。

同じハーツラビュル寮に所属する二年生で、入学一週間で寮長の座を

勝ち取った所謂優等生だ。

「ふうん。そうかい」

可愛い容姿に見合わない淡白な返事。彼が寮長の座に

就任してから一年は経っただろうか。未だに適切な距離感を

計りかねている。

「早く顔を洗っておいでよ」

「はーい」

廊下を暫く歩くと共用の洗面所がある。

朝から人混みに呑まれるのはごめんなので、オレは人が

少ない時間帯を狙って向かっている。運が良いことに今日は寮長以外の

誰とも鉢合わせなかった。

「ラッキー♪ さっさと顔洗って部屋戻ろっと……あれ」

ふと鏡に写る自分と目が合った。

「クマ、こんなに酷かったっけ？」

確かに前々から思い悩んではいた。マジカメでバズっていた

マッサージを試してみたり、世界的スーパーモデルの友人に

勧められたアイクリームを塗ってみたりもした。が、むしろ

悪化しているようにさえ見える。

「……まあ、コンシーラーで隠せばなんとかなる、よね」

あとは表情次第でどうにでもなる。周りを見渡し、誰もいないことを

確認すると口角を指先でぐっと持ち上げ、鏡の中のもう1人の

自分に見せつけてやった。

憎悪のような諦念のような、薄汚れた感情の詰まった吐息が

己の意思を無視して口から漏れ出す。

「部屋に、戻ろう」

仄かな灯りを頼りに元来た道を辿る。ハーツラビュル寮特有の

規則性のない奇天烈なデザインの廊下。

見慣れたはずのその場所が、今日はいつにも増しておぞましく思えた。

#ケイもね